富山県機械工業センター連合会は傘下に9団体を擁し、協業精神を基調に相互の連携を強化することで、それぞれの団地の特色を活かした活動と経営指導ならびに情報の連絡を図っています。
 この団地の建設は、(故)富山県機械工業センター連合会 田中儀一郎会長が、昭和32年日本生産性本部の工業視察団員として、アメリカ各地の工業状況を視察した際、当時のわが国中小企業の生産性がアメリカに比べ著しく低く経営環境が劣っていることを痛感し、帰国後、この改善策に取組んだ事に端を発します。
 その後、ようやくにして工場集団化構想が計画され、当時としては画期的な団地造成に着手したが、資金調達、敷地取得と幾多の困難に遭遇しながら、昭和35年、ついに富山機械工業センターが誕生し、わが国の指定第一号団地となりました。
 この第一号団地の発祥が関係者の注目を呼び、近隣の企業経営者、市町村が誘致運動を起こし、その後、上新川郡大沢野町、婦負郡八尾町のそれぞれに団地が建設されました。
 その後、4年近くを経て、入善町から順次各市町村に造成され、現在の9団地が誕生したのであります。

田中儀一郎センター連合会初代会長 語録
 
 1.小さくても独立しなくてはならぬ
 2.仕事の鬼となれ
 3.経営者は先を読むポスト
 4.自助努力こそ自分の道
 5.企業は人 人は人格 人格は人間味である
 6.知恵は無限 小さな知恵を積み重ねて
 7.トイレは一つの文化である
 8.経営者は私利私欲に走るな